私のバイブル「不道徳教育講座」後編

こんにちは!!
三島由紀夫の「不道徳教育講座」が好きな不動産投資家のコージーです!!

神戸市立東須磨小学校の教師イジメの問題。
最悪ですね~
尾木ママが「子どものいじめと同じで、加害者にいじめをしている意識がない」といった指摘をしていました。
この無自覚こそ、「不道徳教育講座」でも厳しく糾弾されている気がします。

三島先生、「お節介焼き」を一刀両断!!

前編の記事。

さて、「うんとお節介を焼くべし」の項です。
三島先生の新妻に「もっと良い伴侶がいる」というお節介の手紙が届いたという話。
手紙の主について、三島先生は皮肉を込めます。

「ああ、孤独なんてどこにもない。世間の人はみな彼女のお節介を待ち焦がれて、そこかしこに待機しているのです」

例えば、彼女が街で、いちゃつく良家の令嬢らしき娘と愚連隊然とした青年を見れば、その女性を注意します。
しかし、「クソババア」「オールド・ミスの欲求不満」と一蹴されてしまいます。
これは三島先生があくまで創作したエピソード。

「お節介は人生の衛生術の一つです」
「お節介焼きには、一つの長所があって、『人をいやがらせて、自らたのしむ』ことができ、しかも万古不易の正義感に乗っかって、それを安全に行使することができるのです」

三島先生は一刀両断するのでありました。
あなたの近くに過干渉なお節介焼きがいたら、こう思って聞き流せばいいですね。
決して真に受けて惑わされてはいけません。

「この人は善意で言っているのか、悪意か、自分の悪意に気づかないふりをして善意ぶっているのか」を見抜く必要があります。

パワハラも同じだと思うんです。
「あんたのためにやっているんだ」という体(てい)で、客観的に見れば、自分の欲求不満を若手にぶつける上司がいました。
真意は分かりませんが、善意のつもりでやっているところに問題の根深さを感じました。

「友人を裏切るべし」は、友人=主従関係、と指摘

三島先生は、ラ・ロッシュフコオ(17世紀の仏貴族、らしい)による「自愛が常に何かの得をしようとしている一種の取引にすぎない」という、友愛の身も蓋もない解釈などを並べます。

「友人を裏切らないと、家来にされてしまうという場合が往々にしてある」
「家来側が、すっかり降服して、忠誠を誓い、かつ主人の才能や力を利用して虎の威を借りており、主人側が鷹揚にかまえて、十分利用させてやりながら、アゴで使っているという関係」
「たいていの偉人の伝記を読むと、家来にされそうになると、うまく相手を裏切って、裏切りの上に、油断のならぬ対等な関係を確立し、自分を大きくして行った人が多いようです」
「裏切りの要素もその危険も伏在しない友情など、味のないと思うようになるとき、諸君はまず、青年のセンチメンタリズムを脱却した、一人前の大人になったと言えましょう」

ボスとその取り巻き…?? 笑
でも、案外取り巻きは心の中でボスをバカにしていたりするんですよね~(ジャイアンとスネ夫)

「人に尻尾をつかませるべし」つまり「秘密の交換」が友を釣り上げる最上の餌

友愛に懐疑的な一方、こんな言い方もしています。
利己的な発想ですね~。

例えば、酒場のサラリーマンにとっては「愚痴の交換、個人的私的家庭的秘密の交換」が「純粋で美しい友愛の酒席の、最上の話題」とのことです。
あるあるです(私もくだをまくの好き)

そのうえで「最低九本は尻尾をもっているべき」と言います。
「打ち明けるべき秘密」ということですね。

Aくんに「少年時代の盗癖による罪悪感」
B氏に「継母にいかに苦労したか」
C夫人に「人妻との心中未遂」
三島先生によると、以上のように、それぞれに打ち明け、それぞれの心をつかむ、らしいのですが。
オチがあるんです。

「しかし、九本目は誰にもつかませてはいけませんよ。八本目までの尻尾がみんな真赤な噓だという大秘密を知っているのは、九本目の尻尾だけなのですから」

はい、結局、真実は打ち明けておりません。
「告白するなかれ」の項では、ばっさり切り捨てています。

「どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考え」

インパクトのある秘密の暴露なら面白いけど、だらだらと長い身の上話はしんどい。
その話が真実かどうかはどうでもよく、聞く側の率直な感覚かもしれません。
誰かに話を聞いてもらう時、それが人心掌握なのか、ただの甘えや依存なのか、意識してみるだけでも有効ではないでしょうか(何に有効なんだか)。

不道徳なススメにより、人間の本質をあぶり出す!!

「『殺っちゃえ』と叫ぶべし」の項では、こう言っています。

「人間がけんかをしたがったり、血を見て興奮したりするのは、太古からの動物的本能」
「この原始的本能というやつは、文明の進歩によってだんだん弱まるどころが、文明が進めば進むほど、押さえつけられた逆の勢いで、却って強まってゆく傾向があります」
世間に尽きない誤解は、『殺人そのもの』と、『殺っちまえと叫ぶこと』と、この二つのものの間に、ただ程度の差しか見ないことで、そこには実は非常な質の相違がある」

そして、三島先生は、チャンバラが品性を下劣にすることを心配する「PTA精神」をこき下ろし、観客が「殺っちまえ」と叫ぶボクシングを人間の闘争本能を端的に満足させるスポーツとして評価するのです。

「不道徳教育講座」を読んで、あくまで私が思ったことです。
いじめやパワハラに対し、「相手が嫌がることをしてはいけない」という指導は大切だと思います。
しかし、その前に、他者に対する悪意、嫉妬や憎しみ…、究極的には殺意!! といったドロドロした感情を否定しないところから始めたほうがいいのではないかと思います。

だいたい、自分の中にあるネガティブな感情を自覚していない人が、偽善や相手の落ち度につけ込んで、相手を攻撃していると思うんですよね。

プロフィール

プロフィール

こんにちは!コージーです。

1982年生まれ、群馬県出身。
安月給の転勤族。大阪→姫路→高松を10年近く転々とする流浪生活の末、現在は東京都在住。
家族は夫と娘2人(6歳と4歳)。

プロフィール画像は「スピッツと椎名林檎が好きで、ジム通いも頑張っている」の図。
不動産投資歴1年半で戸建て3軒を所有、しかし……!?!?
行動指針のキーワードは「人生一度きり」「いてまえ精神」「短期集中突破」。目指せ(小)金持ち。